男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia: AGA)は、遺伝的要因とホルモンの影響により引き起こされる進行性の脱毛症です。本記事では、現在利用可能なAGA治療法について、その作用機序、効果、エビデンスレベル、そして実際の使用方法や注意点を詳細に解説します。なお、本記事で使用しているエビデンスレベルの評価は、日本皮膚科学会が公表した「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017年版」をもとにしています。
エビデンスレベルの基準
本記事では、日本皮膚科学会が公表した「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017年版」をもとに以下の基準に基づいてエビデンスレベルを評価しています:
- A(行うよう強く勧める): システマティック・レビュー/メタアナリシスや良質なランダム化比較試験よる高質なエビデンス
- B(行うよう勧める): ランダム化比較試験や良質な非ランダム化比較試験、非常に良質な分析疫学的研究(コホート研究や症例対象研究)によるエビデンス
- C1(行ってもよい): 非ランダム化比較試験や分析疫学的研究(コホート研究や症例対象研究)、良質な複数の記述研究(症例報告や症例集積研究)、専門委員会や専門家個人の意見による限定的なエビデンス
- C2(行わないほうがよい): 有効のエビデンスがない、あるいは無効であるエビデンスがある
- D(行べきではない): 無効あるいは有害性を示す良質なエビデンスがある
1. 内服薬治療
1.1 フィナステリド(プロペシア)
作用機序:
- 5α還元酵素II型を選択的に阻害
- テストステロンからジヒドロテストステロン(DHT)への変換を抑制
- DHTは毛包のミニチュア化を引き起こす主要因子であり、これを抑えることでAGAの進行を防ぐ
投与方法:
- 用量: 1日1回1mg
- 服用タイミング: 食事の有無に関わらず服用可能
期待される効果:
- 治療開始3-6ヶ月で効果が現れ始める
- 1-2年で最大効果に達する
- 継続使用により効果が維持される
副作用:
- 性機能障害(勃起不全、性欲減退): 2-4%
- 女性化乳房: 0.5%未満
- 精液量減少: 0.8%
- 肝機能障害
- アレルギー
注意点:
- 妊娠中の女性や妊娠の可能性がある女性は、フィナステリドの粉末に触れないよう注意が必要
- PSA値を低下させるため、前立腺がんのスクリーニング時には注意が必要
エビデンスレベル: A(行うよう強く勧める)
フィナステリドの有効性は、複数の大規模ランダム化比較試験によって実証されている。
主要な研究:
この研究では、414名の日本人男性AGA患者を対象に、1mgまたは0.5mgのフィナステリドないしプラセボを1年間投与する二重盲検試験を実施しました。結果、1mgフィナステリド群の58%、0.5mgフィナステリド群の54%で改善が見られ、プラセボ群で改善したのは6%のみでした。
この5年間の長期観察研究では、フィナステリド1mg/日の継続使用により、99.4%の患者で治療効果があったことが報告されています。
1.2 デュタステリド(ザガーロ)
作用機序:
- 5α還元酵素I型とII型の両方を阻害
- フィナステリドよりも強力にDHT産生を抑制
- テストステロンからジヒドロテストステロン(DHT)への変換を抑制
- DHTは毛包のミニチュア化を引き起こす主要因子であり、これを抑えることでAGAの進行を防ぐ
投与方法:
- 用量: 1日1回0.5mg
- 服用タイミング: 食事の有無に関わらず服用可能
期待される効果:
- フィナステリドと同様に、3-6ヶ月で効果が現れ始める
- より強力な発毛効果が期待できる
副作用:
- フィナステリドと同様の副作用が報告されているが、発現率がやや高い傾向にある
- 性機能障害: 5-9%
- 女性化乳房: 1-2%
- 精液量減少: 1-2%
- 肝機能障害
- アレルギー
注意点:
- フィナステリドと同様に、妊娠中の女性や妊娠の可能性がある女性は注意が必要
- 半減期が長い(約5週間)ため、副作用が出た場合の回復に時間がかかる可能性がある
エビデンスレベル: A(行うよう強く勧める)
デュタステリドの有効性も、複数のランダム化比較試験によって支持されている。
主要な研究:
この研究では、917名の男性AGA患者を対象に、デュタステリド(0.02mg、0.1mg、0.5mg)、フィナステリド1mg、プラセボを24週間投与する比較試験を実施しました。結果、デュタステリド0.5mgを投与された患者で、フィナステリド1mgやプラセボよりも有意に高い毛髪数の増加が観察されました。
2. 外用薬治療
2.1 ミノキシジル
考えられている作用機序:
- 血管拡張作用により毛包への血流を増加
- 毛周期を正常化し、休止期から成長期への移行を促進
- 毛包のDNA合成を促進
- 毛包の細胞外マトリックス産生を刺激
使用方法:
- 濃度: 1%または5%
- 使用頻度: 1日2回、朝晩に頭皮に塗布
- 使用量: 1回あたり1mL
期待される効果:
- 使用開始後2-4ヶ月で効果が現れ始める
- 6-12ヶ月で最大効果に達する
- 継続使用により効果が維持される
副作用:
- 頭皮の炎症やかゆみ: 3-5%
- 初期脱毛: 10-15%(2-6週間で改善)
- まれに多毛症(顔や体の不要な部分の毛が濃くなる)
注意点:
- 効果を維持するためには継続使用が必要(使用中止後6-12ヶ月で元の状態に戻る)
- 頭皮に傷や炎症がある場合は使用を避ける
- 初期脱毛が起こることがあるが、これは毛周期の同調化によるもので、通常2-3ヶ月で改善する
エビデンスレベル: A(行うよう強く勧める)
ミノキシジルの有効性は、多数のランダム化比較試験によって確立されている。
主要な研究:
この研究では、393名の男性AGA患者を対象に、5%ミノキシジル、2%ミノキシジル、プラセボを48週間使用する二重盲検試験を実施しました。結果、5%ミノキシジル群は2%群と比較して45%高い毛髪密度の増加を示しました。
3. 注入療法
3.1 成長因子療法
方法:
- 毛誘導能をもつ間葉系細胞の直接移植、あるいはその培養上清液を頭皮に注入
- 上清液には様々な成長因子(VEGF、bFGF、IGF-1など)が含まれる
期待される効果:
- 毛包幹細胞を活性化し、発毛を促進
- 毛包の微小環境を改善
治療スケジュール:
- 確立されたものはないが、以下のようなスケジュールの報告がある
- 1-2週間おきに4-6回の治療を1クールとして行う
- その後、3-6ヶ月おきにメンテナンス治療を行う
副作用:
- 注射部位の痛み、腫れ(一時的)
- まれに感染や瘢痕形成
- アレルギー
注意点:
- 手技が確立されていない
- 長期的な安全性と有効性に関するデータが不足している
エビデンスレベル: C2(行わないほうがよい)
成長因子療法の有効性を示す研究は限られている
主要な研究:
この研究では、32名の脱毛症患者を対象に、ヒト脂肪由来幹細胞培養上清液の注入治療を行いました。結果、約6ヶ月後に毛髪数が有意に増加しました。
3.2 PRP(多血小板血漿)療法
方法:
- 患者の血液を採取し、遠心分離で血小板を濃縮
- 濃縮した血小板(PRP)を含む血漿を頭皮に注入
期待される効果:
- 血小板に含まれる成長因子(PDGF、TGF-β、VEGFなど)が毛包を活性化
- 毛髪の成長を促進し、毛髪の太さと密度を改善
治療スケジュール:
- 確立されたものはないが、以下のようなスケジュールの報告がある
- 通常、1ヶ月おきに3-4回の治療を1クールとして行う
- その後、3-6ヶ月おきにメンテナンス治療を行う
副作用:
- 注射部位の痛み、腫れ(一時的)
- まれに感染や瘢痕形成
- アレルギー
注意点:
- 手技が確立されていない
- 長期的な安全性と有効性に関するデータが不足している
エビデンスレベル: C2(行わないほうがよい)
PRP療法の有効性を示す研究は限られている
主要な研究:
この研究では、23名の男性AGA患者を対象に、PRP療法とプラセボを比較するランダム化比較試験を実施しました。結果、PRP群では3ヶ月後に毛髪密度が平均45.9本/cm2増加し、対照群(平均3.8本/cm2減少)との間に有意差が見られました。
4. 自毛植毛
主な方法:
- FUT(Follicular Unit Transplantation)法: 毛髪の生えた皮膚を帯状に採取し、Follicular Unitと呼ばれる1〜4本の毛髪が生えたグループごとに分けて移植
- FUE(Follicular Unit Extraction)法: 毛髪の生えた毛穴(毛包)をFollicular Unit単位で1か所ずつ細かく採取して移植
期待される効果:
- 永続的な発毛が期待できる
- 自然な外観を得られる
手術の流れ:
- 痛み止めの注射
- ドナー部位(通常は後頭部)から毛髪(Follicular Unit)を採取
- 採取した毛髪をレシピエント部位(薄毛部位)に移植
術後の経過:
- 術後1-2週間は頭皮の腫れや痛みが続く
- 移植した毛髪は2-3週間で抜け落ちるが、3-4ヶ月後から新しい毛が生え始める
- 最終的な結果は12-18ヶ月後に判断できる
デメリット:
- 高額(範囲にもよるが通常は数10万円~で、100万円以上のことも)
- 毛髪を採ったドナー部位、移植したレシピエント部位ともにきずが治るのに数週間かかり、毛が生えるのにはさらに数ヶ月かかる
- ドナー部位の毛髪数に限りがある
- 出血や感染、移植した毛髪がうまくつかないなど、手術に伴う副作用・合併症のリスクがある
注意点:
- 術後も内服薬や外用薬による治療の継続が推奨される
- 経験豊富な医師による施術が重要
エビデンスレベル: B(行うよう勧める)
自毛植毛の有効性に関して、男性型脱毛症に対するシステマティックレビューやランダム化比較試験は実施されていないが、手術の報告自体は多数あり、移植した植毛の生着率はおおむね良好。
主要な研究:
この研究では、FUT法による自毛植毛の技術と美的結果について詳細に報告されています。
5. 低出力レーザー治療(LLLT)
方法:
- 低出力のレーザー光(波長655nm)を頭皮に照射
考えられている作用機序:
- 毛包細胞のミトコンドリア活性を高め、ATP産生を促進
- 毛包の血流を改善
- 炎症を抑制
期待される効果:
- 毛髪の密度を改善
使用方法:
- 週に数回、1回数分~数10分程度の照射を行うものが多い
- 3-6ヶ月の継続使用が推奨される
副作用:
- 軽度の異常知覚や蕁麻疹の報告がある
注意点:
- 効果が現れるまでに3-6ヶ月程度かかる
- 長期的な効果維持には継続的な使用が必要
エビデンスレベル: B(行うよう勧める)
LLLTの有効性を示す複数のランダム化比較試験が存在
主要な研究:
この研究では、44名の男性患者を対象に、LLLTデバイスとプラセボデバイスを比較するランダム化二重盲検試験を実施しました。結果、LLLT群では16週間後に毛髪数が平均35%増加し、プラセボ群との間に有意差が見られました。
6. 栄養療法
毛髪に重要と考えられている栄養素:
- 鉄: タンパク質合成や細胞分裂に関与
- 亜鉛: タンパク質(ケラチン)合成や細胞分裂に関与
- ビオチン(ビタミンB7): ケラチンの産生に関与
- ビタミンD: 毛包における毛周期に関与
- オメガ3脂肪酸: 炎症を抑制し、毛包の健康を維持
アプローチ:
- 毛髪に重要と考えられている栄養素を食事やサプリメントで補充
期待される効果:
- 栄養不足による脱毛の改善
- 毛髪の全体的な健康状態の向上
注意点:
- 栄養不足のみで脱毛を起こしていることは稀
- 栄養療法単独でAGAを治療することは困難
- 過剰摂取にも注意が必要
- 栄養状態の評価と適切な補充が重要
エビデンスレベル: – (日本皮膚科学会「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017年版」では言及なし)
AGAに対する栄養療法の有効性に関して強いエビデンスはない
栄養状態と毛髪の健康との関連を示す観察研究は多数存在
主要な研究:
このレビュー論文では、各種栄養素と毛髪の健康との関連性が詳細に検討されています。