日本の保険診療では、肥満症治療薬ゼップバウンド(一般名:チルゼパチド)の投与期間は最大72週間と定められています。
では、なぜ72週間なのでしょうか。72週を超えると薬が効かなくなる、あるいは危険になるという意味なのでしょうか。また、米国や欧州、英国でも同じ期間で治療を終了するのでしょうか。
結論からいうと、日本の72週間という上限は、日本人を対象とした臨床試験の主要な有効性評価期間を根拠に、保険診療の最適使用推進ガイドラインで設定された期間です。72週間という一律の治療上限は世界共通ではありません。
日本の保険診療では最大72週間
厚生労働省の「チルゼパチド製剤の最適使用推進ガイドライン(肥満症)」では、日本人を対象とした臨床試験の主要な有効性評価期間が72週間だったことを理由に、ゼップバウンドの投与を最大72週間としています。
治療開始時には、投与中も食事療法・運動療法と管理栄養士による栄養指導を継続し、72週間後までに中止できるよう治療計画を作成することが求められています。
また、72週間まで必ず継続するという意味でもありません。投与開始後3~4か月で改善傾向がみられない場合は中止し、十分な減量効果が得られた場合には72週を待たずに中止して、食事療法・運動療法のみでの管理を考慮することも記載されています。
出典:厚生労働省「チルゼパチド製剤の最適使用推進ガイドライン(肥満症)」、日本イーライリリー「投与対象・継続・中止について」
なぜ「72週間」なのか
72週間の根拠となったのは、日本人肥満症患者を対象とした国内第Ⅲ相試験「SURMOUNT-J」です。
SURMOUNT-Jでは、日本人の肥満症患者を対象に、チルゼパチド10mg、15mgまたはプラセボを週1回投与し、72週時点の体重変化などが比較されました。
| 投与群 | 72週時点の平均体重変化率 |
|---|---|
| プラセボ | −1.7% |
| チルゼパチド10mg | −17.8% |
| チルゼパチド15mg | −22.7% |
10mg群と15mg群はいずれも、体重の平均変化率と5%以上の体重減少を達成した割合について、プラセボ群に対する優越性を示しました。
重要なのは、最適使用推進ガイドラインが上限設定の理由として示しているのは「日本人試験の主要評価期間が72週間だったこと」だという点です。ガイドラインは、72週を超えると薬効がなくなる、または72週を超えた時点で危険になることを上限の根拠として説明しているわけではありません。
出典:日本イーライリリー「SURMOUNT-J試験の有効性・安全性」、PMDA「ゼップバウンド電子添文」
日本と海外を比較するときの注意点
日本の72週間は、最適使用推進ガイドラインに基づく保険診療上の扱いです。一方、米国とEUについては医薬品の承認内容、英国についてはNHSの公的給付と診療指針、WHOについては国際的な推奨を比較します。
制度の階層が異なるため完全な横並びではありません。また、米国やEUでも、実際の保険給付、費用負担、医療機関の基準は地域や保険者によって異なる場合があります。
米国:長期的な体重維持を含む承認
米国FDAは、ゼップバウンドを慢性的な体重管理のための薬として承認しています。米国の添付文書では、過剰な体重を減らすことに加え、減少した体重を長期的に維持することが使用目的に含まれています。
維持用量は週1回5mg、10mgまたは15mgとされ、治療効果と忍容性を考慮して用量を選択します。日本の保険診療にある72週間のような一律の最大治療期間は記載されていません。
なお、米国で承認の根拠となった主要試験も72週間の体重変化を評価しています。しかし、米国では72週間という試験期間がそのまま治療上限にはなっていません。
出典:FDA「FDA Approves New Medication for Chronic Weight Management」、米国ゼップバウンド添付文書
EU:減量と体重維持を目的とする治療
EUでは、チルゼパチドは「Mounjaro」の販売名で、減量と体重維持を含む体重管理に承認されています。食事のカロリー制限と身体活動の増加に追加して使用します。
EMAの承認情報には、日本の保険診療のような72週間の一律上限は示されていません。ここでも、体重を減らすことだけでなく、体重維持が治療目的に含まれています。
英国NHS:チルゼパチドに一律の最大期間なし
英国NHS Englandは、肥満症に対するチルゼパチドについて、設定された中止規則や最大治療期間はなく、期限を定めずに処方できると説明しています。短期または長期の継続は、医療者と患者が効果とリスクを確認し、個別に判断します。
ただし、最大忍容量で6か月間治療しても開始時から5%以上の体重減少が得られない場合には、治療継続の適否を再評価します。これは一定期間で全員を中止する規則ではなく、治療反応が不十分な場合の判断基準です。
NHS Englandは、他のNICE推奨体重管理薬には2年間の最大処方期間がある一方、チルゼパチドには最大期間がないことも明記しています。セマグルチドとチルゼパチドで同じ制度になっているわけではありません。
出典:NHS England「Interim commissioning guidance」、NICE「Tirzepatide for managing overweight and obesity」
WHO:成人肥満症の長期治療の選択肢
WHOは2025年、GLP-1関連薬を成人肥満症に対する長期治療の選択肢として位置づけました。肥満症は継続的な管理を要する慢性疾患であり、薬物療法を健康的な食事や身体活動を含む行動支援と組み合わせる考え方です。
WHOはGLP-1関連薬を一般に6か月以上の長期治療と説明する一方、長期的な有効性と安全性、中止時期や中止後の影響については、今後もデータを監視するとしています。
出典:WHO「Obesity: GLP-1 therapies」
日本と世界の違い
| 国・地域・機関 | チルゼパチドの治療期間に関する位置づけ |
|---|---|
| 日本の保険診療 | 最大72週間 |
| 米国FDA | 長期的な体重維持を含む。一律の72週上限なし |
| EU | 減量と体重維持を目的とする。一律の72週上限なし |
| 英国NHS | 一律の最大期間なし。効果とリスクを個別評価 |
| WHO | 成人肥満症に対する長期治療の選択肢 |
海外でも、副作用による不利益が大きい場合や、十分な効果が得られない場合には中止が検討されます。実際の給付条件も国や保険者で異なります。
確認した公的資料では、日本は最大72週間、米国・EU・英国NHSではチルゼパチドに72週間の一律上限は示されていません。
まとめ
日本でゼップバウンドが最大72週間とされている根拠は、日本人対象試験SURMOUNT-Jの主要な有効性評価期間が72週間だったことです。72週間を超えると効果がなくなる、または危険になることを理由に設定された上限ではありません。
米国とEUでは減量後の体重維持も治療目的に含まれ、72週間の一律上限は示されていません。英国NHSではチルゼパチドに一律の最大治療期間を設けず、治療効果とリスクを個別に確認します。WHOはGLP-1関連薬を成人肥満症に対する長期治療の選択肢としています。
以上が、日本と米国・EU・英国NHS・WHOの公式資料に記載されている治療期間の扱いです。
